私には哲学がないということです。哲学を持つには課題を信じることが必要です。わたしが作りたいのは、例えば、篠原一男のように、人が頭で理解できない建築です。人は見て理性で理解できない時、初めてそのことで考えだし、理解しようとするのです。その場合、その建築には感情的に動かされるということが前提条件です。直感的に動かされないとダメなのです。そういった建築の謎には、知的精神性を創造的に使うことによって到達できるのです。そんな建築を、私は作りたいと思っています。
───Valerio Olgiati